
病に侵された恋人と、彼女が大切にする砂時計。二人の限られた時間と、永遠に続く愛を描いた、切なくも温かい物語。

砂時計の約束

午後の光が差し込むリビング。健太と美咲は、ソファに並んで座り、他愛もない話をしている。美咲はふと窓辺に目をやり、そこに置かれた小さな砂時計を愛おしそうに見つめた。「きれいだね、この砂」ぽつりと呟く彼女の横顔を、健太は優しい眼差しで見守っていた。サラサラと落ちる金色の砂が、二人の穏やかな時間を静かに刻んでいる。それは、ありふれているけれど、かけがえのない幸せなひとときだった。

「ねぇ、健太」美咲は窓辺から砂時計を持ってくると、健太の目の前でくるりとひっくり返した。「この砂がぜんぶ落ちきるまで、今日あった面白いこと、話し合わない?」いたずらっぽく笑う美咲に、健太もつられて笑みをこぼす。「いいよ。じゃあ、僕からだ」そうして始まる二人の時間。砂時計は、ただ時を計るだけじゃない。二人だけの特別な約束のしるし。金色の砂が落ちるたび、二人の絆は深く、強くなっていくようだった。

季節が少し巡ったころ、部屋の空気は静かに重さを増していた。窓の外は、しとしとと冷たい雨が降っている。美咲はベッドに横になり、少し苦しそうに息をしていた。健太はベッドのそばに椅子を寄せ、彼女の細い手をそっと握りしめる。言葉はない。ただ、握る手に力を込めることで、そばにいること、一人にはしないことを伝えたかった。部屋の隅で、あの砂時計だけが、変わらず時を刻み続けていた。

健太は、美咲が少しでも安らげるようにと、甲斐甲斐しく看病を続けた。おかゆを作り、彼女が好きだった物語を静かな声で読み聞かせる。「……ありがとう、健太」か細い声で礼を言う美咲の頬に、一筋の涙が伝った。健太は何も言わず、ただ優しく微笑み返す。ベッドサイドのテーブルには、砂が半分ほど落ちた砂時計が置かれている。残された時間が、二人にはあまりにも尊く、そしてあまりにも短く感じられた。

月明かりが銀色に部屋を照らす静かな夜。美咲が、ぽつりぽつりと話し始めた。「あの砂時計ね、君と初めて会った日に公園で拾ったんだ」健太は驚いて美咲を見る。「あの時、声をかける勇気がなくて。だから、この砂が落ちきるまでって、願掛けしたの。そしたら、君が話しかけてくれた」。初めて聞く思い出話に、健太は胸が締め付けられるようだった。彼女にとって、この砂時計は、二人の始まりの奇跡そのものだったのだ。

「だから、私にとってこの砂時計は、魔法の時間なの。君と一緒にいられる、特別な時間……」美咲の声が震える。健太はたまらなくなり、弱々しい彼女の体をそっと抱きしめた。「魔法なんかじゃない。僕たちが一緒にいるのは当たり前のことだ。大丈夫。砂が落ちきっても、僕が何度でもひっくり返してあげる。僕たちの時間は、終わらないよ」。健太の言葉に、美咲は彼の胸に顔をうずめ、静かに泣いた。しゃくりあげる背中が小さく震え

その時は、本当に静かに訪れた。健太に腕を抱かれ、美咲はまるで眠るように、安らかな顔をしていた。窓の外では、夜明け前の空が白み始めている。ベッドサイドのテーブルで、カタン、と小さな音がした。見ると、砂時計の最後のひと粒が、静かに落ちきっていた。「美咲……ありがとう」健太の頬を、温かいものが伝っていく。愛しい人の温もりが、少しずつ、彼の腕から消えていく。世界から、音がなくなったようだった。

季節は巡り、窓辺には柔らかな春の日差しが戻ってきた。健太は一人、あの日と同じリビングの窓辺に立っている。その手には、あの砂時計。彼はゆっくりと、祈るように砂時計をひっくり返した。サラサラサラ……金色の砂が、また新しい時間を紡ぎ始める。「見てるかい、美咲。僕たちの時間は、また始まったよ」涙はもう乾いていた。彼の口元には、かすかな、でも確かな微笑みが浮かんでいた。時間は続く。思い出と共に、未来へと。
この物語に届いた気持ち